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ドクターコラム:動脈硬化とアンチエイジング医療の最前線

動脈硬化とアンチエイジング医療の最前線
〜幹細胞治療による血管再生の可能性〜

執筆:瀨戸 悠太郎(SENSHIN CLINIC医師 / 循環器内科医 / 循環器専門医 / 医学博士)

 

 

動脈硬化とは? 〜「沈黙の病」の正体〜

動脈硬化とは、動脈の内側(血管内皮)に慢性的な損傷が生じ、コレステロールなどの脂質が蓄積し、血管が狭く硬くなる状態を指します。初期には自覚症状がないため、「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」とも呼ばれています。

【動脈硬化の進行メカニズム】
 1. 血管内皮細胞の損傷
  高血圧や高血糖、喫煙、酸化ストレスによって血管の内側の細胞が傷つきます。
 2. LDLコレステロールの沈着
  損傷した部位に酸化したLDLが入り込み、マクロファージ(免疫細胞)がこれを貪食して泡沫細胞になります。
 3. プラーク形成と進行
  泡沫細胞や炎症反応によって「アテローム性プラーク」が形成され、血管内腔を狭めます。
 4. 血管の硬化・破綻
  プラークが破裂し、血栓(血の塊)ができると、心筋梗塞や脳梗塞の原因となります。

【主な危険因子】
・加齢(40歳以降から加速)
・高血圧・糖尿病・脂質異常症
・喫煙・運動不足・睡眠不足
・慢性炎症(肥満・腸内環境の乱れなど)

Nature volume 420, pages 868–874 (2002)
NEJM. 1999 Jan 14;340(2):115-26.

 

なぜ「動脈硬化の見える化」が必要か?

動脈硬化は、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気の「根本原因」です。しかし、初期にはほとんど症状がなく、放置されていることが少なくありません。

そこで近年、「動脈硬化の進行度を数値で“見える化”する測定技術」が普及しています。
血管の老化=「血管年齢」を客観的に把握することで、
・生活習慣の改善モチベーション
・治療方針の明確化
・病気の予防や早期発見
につながります。

主な動脈硬化の評価方法

1. 頸動脈超音波(エコー検査)
・なにを測る?
 首の動脈(頸動脈)の内壁の厚さ(IMT: 内中膜厚)やプラークの有無・性状を観察します。
・特徴
 非侵襲的で痛みもなく、外来で簡単に受けられる検査です。全身の動脈硬化の「鏡」とも言われます。
・どんな人におすすめ?
 高血圧・糖尿病・高脂血症のある方、家族歴がある方、中高年齢層。

2. CAVI(Cardio-Ankle Vascular Index:心臓足首血管指数)
・なにを測る?
 心臓の拍動によって生じた圧の波(脈波)が、心臓から足首に届くまでの速度やタイミングをもとに、動脈の硬さを評価します。CAVIは、動脈硬化の進行度を血圧に依存せずに測定できる、より高精度な指標です。
・特徴
 両手足に血圧計と心電図・心音センサーを装着し、約5〜10分で測定可能。大動脈から下肢動脈までの広範囲の動脈硬化を評価できます。
・PWVとの違い
 従来の baPWV は血圧に影響されやすいのに対し、CAVIは血圧の影響を補正した数式で算出されるため、より安定した評価が可能です。
・どんな人におすすめ?
 生活習慣病をお持ちの方、家族歴のある方、40歳以上の健診で動脈の状態を数値化したい方

3. ABI(足関節上腕血圧比)
・なにを測る?
 足首と上腕の血圧を比較して、下肢動脈の狭窄や閉塞を評価します。
・特徴
 動脈硬化が進行した下肢虚血(PAD)の早期発見に有効。ABI < 0.9 は要注意。
・補足
 糖尿病や透析患者では石灰化により偽陰性となることも。

4. 冠動脈CT(冠動脈石灰化スコア/CACスコア)
・なにを測る?
 心臓を栄養する血管(冠動脈)の石灰化(=プラークの痕跡)をCTで検出します。
・特徴
 CACスコアが高いと、今後10年以内の心血管イベント(心筋梗塞など)のリスクが明確に上昇することが知られています。
・注意点
 CTを使用することで放射線被ばくがあります。
JACC. 2018 Jul, 72 (4) 434–447

5. 血液検査によるバイオマーカー評価(Lipid Profile + α)
・なにを測る?
 LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪などに加え、近年は炎症や酸化ストレスに関するマーカーも注目されています。
・注目の項目:
 hsCRP(高感度CRP):慢性炎症の程度
 LP(a):遺伝性動脈硬化リスク(日本人に多い)
 ApoB/ApoA1比:残存リスクの指標
 HDL機能(例:CUC = コレステロール引き抜き能)
Journal of Coronary Artery Disease 2024; 30: 47- 53
Atherosclerosis. 2022 Mar:345:39-40.

当院では上記のうち頸動脈エコー・ABI/CAVI・および採血によって一人一人の動脈硬化の状態とリスクを評価しています。

 

動脈硬化とアンチエイジングの関係 〜「血管年齢」が寿命を決める〜

アンチエイジングとは、単なる美容目的ではなく、「体内の老化を遅らせて健康寿命を延ばす医療アプローチ」です。特に動脈硬化の予防や進行抑制は、老化そのものに直結する重要な課題です。

【血管の老化=全身の老化】
血管は、すべての臓器に酸素と栄養を運ぶ“ライフライン”です。
動脈硬化が進むと以下のような老化現象が加速します:

・脳機能の低下(軽度認知障害や脳梗塞)
・心機能の低下(心不全や狭心症)
・腎機能障害(慢性腎臓病)
・性機能や視力の低下(末梢循環障害)

つまり、「見た目」よりも「内側の若さ(血管年齢)」こそが、アンチエイジングの本質です。

【アンチエイジング戦略としての動脈硬化対策】
・抗酸化対策:ポリフェノールやビタミンC・E、緑茶カテキンなど
・抗炎症食:地中海食(オリーブオイル・ナッツ・魚中心)
・腸内環境の正常化:プロバイオティクスや食物繊維
・適切な運動:週150分以上の有酸素運動
・質の高い睡眠とストレスコントロール

Trends Endocrinol Metab. 2017 Mar;28(3):199-212
NEJM 2013;368:1279-1290

 

幹細胞投与は動脈硬化を治療できるか? 〜再生医療の可能性と限界〜

再生医療の分野では、体の修復能力を活用する「幹細胞治療」が大きな注目を集めています。特に動脈硬化のような「構造的かつ慢性的なダメージ」が蓄積する疾患に対して、根本的な治療アプローチとなる可能性があります。

間葉系幹細胞(MSC)の特徴】
・免疫調節作用:炎症性サイトカインの抑制(IL-6, TNF-αなど)
・血管新生の促進:VEGFなどの成長因子を分泌
・内皮細胞の修復・再生:損傷部位へのホーミング効果

動脈硬化への応用例】
・血管内皮機能の回復(動脈硬化の初期段階に有効)
・プラーク安定化(破裂しにくい状態へ)
・心筋梗塞後の心機能回復(二次的な改善)
・重症下肢虚血患者への治療

実際、ヒトでの初期臨床試験(Phase I〜II)では、MSCの投与によって動脈硬化性疾患のバイオマーカー改善、重症下肢虚血患者のABI改善などが報告されています。

J Clin Med. 2019 Sep 8;8(9):1413.
Stem Cell Res. 2007 Nov;1(2):129-37.
Stem Cell Res. 2022 Sep 5;13(1):451.

注意点と現状】
・現在は保険適用外(自由診療)の領域に限られる
・長期の安全性・再発リスクは検証段階
・標準治療の「補完」として慎重な位置づけが必要

今後、より質の高いエビデンスと技術の確立により、生活習慣改善×幹細胞医療のハイブリッド戦略が、未来のアンチエイジング医療の中核を担う可能性があります。

 

終わりに 〜未来の健康は「血管の若さ」が鍵〜

これまで、動脈硬化は「老化現象の一部」として受け入れられてきました。しかし、現在では予防・改善が十分に可能であり、血管を若く保つことは、健康寿命を大きく延ばす鍵であると明らかになっています。

生活習慣の見直し、ガイドラインに沿った内服治療、科学的根拠に基づいた栄養と運動、そして再生医療の応用。これらを総合的に組み合わせることこそが、未来のアンチエイジング医療の姿です。

皆さまがより豊かで健やかな未来を手にされることを、心から願っております。

 

SENSHIN CLINIC